ヘデのおうちストーリー

旦那様はせっかちにも千の風となり、子育ても卒業したヘデが2015年10月に平屋を建て替えました。その成り行きと現在の生活雑記を綴ります。ブログ超初心者です。

昭和のお家の工夫

前回は、母の通院のことで愚痴っちゃいましたが、
2日後の月曜日の朝に受診は中止し、薬のみもらいに行くとの連絡が兄から入りました。
昨日、母の施設に薬が届いたと母から連絡がありました。
結果オーライです。良かったです。z(^.^)


へでやの前にある義父の借家から3月に老婦人が退去されました。



早々に5月から新しい方が入られました。
今回は初めて私へでが窓口になりました。
といっても懇意ないつもの不動産屋さんが連絡をへでの携帯にしてくれるだけです。
先ずは修理です。

トイレ、ダイニングキッチンの床の傷みが激しかったので貼り替えです。
どちらもクッションフロアです。
初めて借家の中を見ました。
何しろ築40年を超える「ザ・昭和の家」ですから、予想はしていましたが、
予想を超える内部でした。^_^;
でも、代々の方々が工夫して少しでも住みやすくしているのを見せていただきました。


押入れは全てすのこが敷かれていました。

トイレには収納ボックスが、浴室の引き戸にはタオル掛けが設置されていました。

洗面所の上部には収納棚が、玄関にはセンサーライトが付けられていました。
必要なところには後付けコンセント、和室の天井にはカーテンレールがありました。
仕切りに使われていたのでしょうか?

キッチンの勝手口は床を上げて冷蔵庫を置かれていたみたいです。
和室の出入り口にもカーテンレールが設置されていました。
玄関からの視線をさえぎるためだったのでしょうか?

ベランダ側も目隠しや物干しバー、ウッドタイルを工夫されて設置されていました。
一緒に中を見た借家の西隣の娘さんも驚いて、少し羨ましそうでした。
同じ部屋でも代々の居住者の方々の工夫で、今では仕様が変わっているみたいです。
娘さんもこれからは遠慮しないで、工夫していくとちょっとはりきっていました。
在来工法の木造家屋は、素人でも手軽に柱や壁に釘を打つことができます。
いいなぁとへでも思いました。
へでやは鉄骨構造なので、せいぜいピンを打つことぐらいしかできません。
手すりが必要そうなところは壁補強をしてもらっていますが、
想定外のところだと難しいのでしょうね。
少なくともへでの手には負えません。


昭和のこの家で驚いたことが一つあります。
洋室にカーテンボックスがあったことです。
(へんてこりんなカーテンが掛かっているのは日焼け防止のためですz(^^;)

この借家を建てた義父の父が指定したとはとても思えません。
当時の棟梁のご配慮なんでしょうか?
ちょっとおしゃれです。(^∇^)


畳も新調し、お掃除業者さんも2人入りました。
お掃除業者さんは半日で手際良くピッカピカにしてくださいました。
窓ガラス、サッシ、網戸、照明、水回り、床のワックス掛けとさすがプロですね。


一昨日引っ越しが完了して入居されました。

トラック2台分のお荷物でした。
夜にぽっとお家から漏れる灯を窓から見て、うれしくなりました。(^_^)


安住の地を失ったへでのチャリンコちゃんは、
娘さんの倉庫の方に間借りできることになりました。
これで、へでも晴れて店子です。(*^_^*)


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