ヘデのおうちストーリー

旦那様はせっかちにも千の風となり、子育ても卒業したヘデが2015年10月に平屋を建て替えました。その成り行きと現在の生活雑記を綴ります。ブログ超初心者です。

ポルトガル紀行④

ヘデ

ほぼ自己満足の旅日記です。良かったらお付き合いください。

活動4日目は、リスボンから東へバスに乗ること1時間半余り、エヴォラに着きました。

エヴォラは古代ローマやイスラムの影響を色濃く残す世界遺産の古い街です。

リスボンもシントラも坂道だらけでしたが、ここは有難いことに平らな土地です。

何の変哲もない、場末風のところでバスは終点でした。

中心地まで歩くには、ちょっと遠めです。

そこで、ムスメお得意のUberの出番です。改めてネットでみてみました。

ムスメはよく使っているようですが、へではまだまだ初心者です🔰。

ポチっとすれば、候補の車と運転手が選べ、決まると5分くらいで来てくれます。

料金は事前に設定済みなので、面倒な料金交渉もありません。

今回の旅行で、路線バスを待つ時間が惜しい時に何度か使いました。

どの車もとても綺麗で大きめでした。運転手さんは基本、英語は喋ってくれませんでした。

型通りの挨拶をするだけでしたが、雰囲気は悪くなく安心して乗れました。💮💮💮


そして1番に行ったのが、この地最大のカテドラルです。

リスボンで、教会やらカテドラルはもう食傷気味なのですが、ここは外せません!

左右対称の2つの塔が特徴で、200年近くかけて造られた立派な建物です。

でもまぁ、そんなことは置いておいて、へでが1番見たかったのはこれです。

このパイプオルガンです。

あの天正遣欧少年使節団の少年たちが腕前を披露したのです。😍😍😍😍😍

使節団のことは日本史の教科書でさらりと記載があります。

(へでの高校の教科書です。何でも捨てたがるのに、こんなものは保管しています🤭)


この使節団の資料はその後の禁教令や鎖国で、日本には余り資料が残っていません。

使節団が通ったヨーロッパの街々にさりげなく残って、近年注目されるようになりました。

彼らは15、6歳の頃、日本を出て、インド、アフリカ経由でポルトガルに着きました。

ポルトガル各地で歓待を受けて、スペインを通って、ローマに行き教皇に謁見しました。

出発してから8年後に帰国したときには、その3年前にすでに禁教令が出ていました。

帰国後まもなく棄教した千々石ミゲル。最近の研究では新しい発見も出てきたようです。

その後司教に任命された3人のうち、マカオに移って布教した語学堪能な原マルチノ。

志半ばで長崎で病死した伊東マンション。

潜伏して布教活動を続けてついに捕縛、苛烈な拷問の挙句に殉教した中浦ジュリアン。

彼らが若い日に過ごしたこの8年間は、終生何物にも変え難いものだったでしょう。🥹


ローマ人によって造られた神殿や水道橋もエヴォラには残っていました。

そして忘れられない思い出が一つ、このエヴォラでできました。

連日、お昼は誠に質素だったので、この日は少し奮発してポルトガル料理店に入りました。

白い布のテーブルクロスが掛かっているお店でした。

前菜からデザートまでワインを飲みながら平らげていきました。大満足のおいしさでした。

そして、お会計は覚悟していると、何とカード読み取り機が働いてくれません‼️😱

ムスメが持っていた3枚のカード、へでの持っていた2枚のカード全部、読み取れません。

ムスメはいくらか現金を持っていました。

でも、たらふく食べて飲んだ代金に、とても足りそうにありません。

へでが人質になって、ムスメが現金調達に走るのか、2人共皿洗いをして過ごすのか⁉️

そう思っていると、「もういいよ。」という店主のお言葉。「時々こうなるんだよ。」

ムスメが思わず「カード読み取り機を早く換えないとダメよ」と言うと、笑っていました。

ランチタイムのこの時間、お客はとうとう1人も入って来ませんでした。

大丈夫なの?とこちらが心配しちゃいました。

ちょっと申し訳ない気分ではありますが、店主さんの笑顔に送られて店を出ました。


すぐ近くにあった世界遺産のエヴォラ大学です。

ポルトガルで2番目に古い大学で、イエズス会が作ったので教会も付いています。

回廊が美しくて、廊下や教室、礼拝堂の中にもアズレージョが施されています。

中断期間がありましたが、今でも現役の大学で、学生さんの姿を見かけました。

廊下に掲示していた講座一覧を翻訳アプリで見ると、文系の内容が多いようです。

この後、サン・フランシスコ教会に行きました。

5,000体以上の人骨で造られた人骨堂が有名ですが、へでには悪趣味としか思えません。

写真はカットです。悪しからず。💦💦💦


その代わりと言えばなんですが・・・・・街中の写真です。

リスボンのアラメダ駅で行われていた古本市場です。ズラリと本が並べられて壮観でした。

こちらは、ホテル近くのスーパーです。毎日帰りに水や果物を買いました。


ではまた。(^ν^)

ポルトガル紀行③

ヘデ

ハードだったシントラ観光の翌日、翌々日はリスボン市内をおとなしく回るつもりでした。

でも、結果的にはこの2日間もかなりハードでした。

まずは朝一番に、リスボンカードなるものをゲットするために観光案内所へ。

これは市内の交通機関は乗り放題で、観光スポットも無料もしくは割引になるカードです。

ところが案内所は、10時にならないと開きません。

仕方なくすぐそばのコメルシオ広場をウロウロ。

やっと開いたのでいそいそと入っていくと、係のお姉さんとムスメとが何かで揉めました。

???のへでは、頑張れー!と心の中で応援するのみ。

へでの応援が効いたのか、無事カードはゲットできました。

何を揉めたのかは、結局へでには理解不能でした。😆

ずんずん歩いて、工事中のベレンの塔を横目に「発見のモニュメント」へ。

像のヒーローたるエンリケ航海王子は、先頭にいて、海に入らないと見えません。😅

王子のお母さんのフィリパ王妃は、何となく心配そうな表情に見えました。

王子の2つ後ろにヴァスコ・ダ・ガマもいましたが、後ろの方にあのザビエルがいました!

インドを経由してはるばる日本まで来たので、像に入れてもらえたのでしょうか?


続いてテクテク歩いて「海洋博物館」へ。

大航海時代のポルトガルの栄光の日々を表す船模型や航海器具、歴史資料がありました。

昨年行ったオランダのアムステルダムの海洋博物館と負けず劣らずでした。

王様や王妃様の船室は狭くてもやっぱり豪華ですね。

へでが何よりもチェックしたかったのは、日本に関する展示があるかどうかでした。

ムスメが見つけてくれました!

1543年に種子島へ鉄砲が伝来し、日本人が独自に大量に複製したとの記事がありました。

種ケ島銃と共に日本刀が展示されていました。


またまた歩いて、ジェロニモス修道院へ。ポルトガル黄金期の世界遺産です。

中は広々としているのに、なぜか入場制限があって長蛇の列でした。💦💦💦

ね、中は結構閑散としているでしょ?🤭 100年かけて造っただけある建物でした。


ここから後は、バスに乗って王室宝物博物館へ。リスボンカード、頑張っています。

ここは最近公開された博物館です。建物の半分は昔のものを修復したものです。

豪華な宮廷の部屋がいくつも復元されています。

日本からゲットした?(進呈された?)鎧や馬具も陳列されていました。

建物のもう半分は現代的なビルで、持ち物検査、ボディチェックまでありました。

そこにはポルトガル王家のきらびやかな宝物が所狭しと置かれていました。

ガラス越しに見るだけなんですから、そこまで厳重にする?って思うのは、へでのひがみ?


またまたバスに乗って行ったのは高台に建つサンジョルジェ城。

前日に必死でムーアの城壁に登った身としては、バスの有り難さが身に染みました。

古代ローマ時代からリスボンを巡って攻防を繰り返した歴史あるお城です。

ローマ人、西ゴート族、ムーア人、キリスト教徒、ポルトガル王家が手を入れました。

高台なのに、籠城のための井戸なども完備されていました。

へでのお城ラブ❤️を満足させてくれました。


翌日もリスボン散策です。

天正の少年遣欧使節団がしばらく滞在したサン・ロケ教会に行きました。

金ピカの祭壇は立派でしたが、残念ながら使節団のことは何も触れていませんでした。🥲

道路を隔てた隣りにアジア館があって、軽い気持ちで入ってみました。

入館者よりも学芸員の方が多い静かな館内に、あるわあるわ・・・・

日本からのお宝がザクザクザク。

古くは鎌倉時代のものから、室町期のもの、江戸時代のものまで、お宝がズラリでした。

でも、屏風はやっぱり折り曲げて展示していただきたかったです。😉


続いて歩いてカルモ修道院へ。

1755年の大地震で倒壊したままを保存しています。

倒壊していない部分では、なぜかエジプトのミイラが展示されていました。

そこからはバスに乗って「ファド博物館」へ。

ファドはポルトガルの民族歌謡です。へでの感覚では、日本の演歌みたいなものです。

本場の酒場に行って、ファドを堪能したかったのですが、良い子は夜更かししません。🤭

ここではファドの歴史を映像や音響でお勉強できます。

へでもソファに座り、ヘッドホンでいろんな歌手の歌声を心ゆくまで聴きました。😴😴😴

帰りにファドの女王と言われたアマリア・ロドリゲスのCDをお土産に買いました。


この2日間は、比較的平らな地面を歩いたつもりでした。

ムスメが配慮してくれて、坂道の上りはできるだけバスや路面電車を使いました。

(名物のサンタ・ジュスタのエレベーターは、現在は動いていませんでした。😢)

でも、ちょっとそこに行こうとすると石段、坂道が随所にあるのがリスボンです。

まさに体力勝負の街です。💦💦💦

停電、ガソリン不足となったら困るだろうなぁと他人事ながらそう思うへででした。


長々と書き連ねてしまいました。でもちょっと近況を。

ここのところの雨で、カボチャたちは元気いっぱいで、もうやりたい放題?です。

そしてようやく実を見つけることができました🎉🎉🎉

普通のカボチャとはちょっと姿が異なりますが、調理しやすくて美味しいのですよ。

色が合格となった上の実は採って、2週間熟成させてから食卓に出す予定です。楽しみ😊


最後までご覧くださいまして、ありがとうございました。

ではまた。(^∇^)

ポルトガル紀行②

ヘデ

リスボンに着いた翌日、早速活動開始です。

日本とポルトガルの時差は8時間ですが、着いた後はぐっすり眠ることができました。

初日はリスボン市内観光が望ましいと思ったのですが、あいにく月曜日でした。

リスボン市内の観光施設は残念ながら、ほとんど休館でした。

そこでリスボンから特急電車で40分ほどのシントラに行きました。

先ずは1番人気のペナ宮です。

予想通りの人出で、事前に入館券を買っていても入るまで長い列に並びました。

19世紀末に完成した宮殿で、多彩な様式が混在して遠くからでもすぐ分かる外壁の色です。

ポルトガルは1910年10月に革命が起こり、12世紀から続いていた王政が廃止されました。

それを知ると、ペナ宮に展示されていた王様と王母様の革命直前の写真は感慨深いです。


ここまでは、へでも余裕でした。その後の有様といったら・・・・・💦💦💦💦😱

ペナ宮から軽い気持ちで、「ムーアの城壁」に向かいました。

お城大好きなへでですし、標高450mなら大したことはないと思っていました。

それが、さにあらず‼️でした。

狭い山道を降りたり登ったり、岩を乗り越え、枝につかまりながらの道行きでした。

話もできず、写真を撮る余裕もなく、ひたすら30分ほど歩きました。

ペナ宮では、あんなに人が大勢いたのに、城壁に向かう人は精鋭揃い?へでは最年長?

ようやく辿り着きました。城壁ラブ❤️のへでは大満足でした。見晴らしも最高でした。

7〜8世紀にイスラム教徒が築いた城で、1147年にポルトガル王が攻略したそうです。

今では広大な城壁のみ残っているだけですが、イスラム教徒の技術の高さが分かります😍


お次はレガレイラ宮殿まで歩きました。平地なので平気🎵人間、苦労はするものです。🤭

ここも人気スポットということで、事前にムスメがチケットを買ってくれていました。

宮殿と名前が付いていますが、貴族や王様が住んでいたわけではありません。

富豪がレガレイラ男爵夫人の土地を買って、20世紀の初めに造った庭園と建物です。

ブラジルに渡って、コーヒーと宝石の取引で巨万の財を築いたポルトガル人だそうです。

お金持ちの道楽もここまでくるとすごいですね。

今やポルトガルの観光資源として、立派にお国のために役立っています。👏👏👏👏👏


てくてく歩いて、今度は正真正銘、王様の居た宮殿に行きました。

主に夏に使っていた離宮ということで、意外とコンパクトでした。

中庭に水があって、どこかアルハンブラ宮殿に通じるものがありました。

お家大好きのへでとしては、お城のキッチンに目が釘付け。👀

そして、王宮の中庭から山の方を見ると、あのムーアの城壁が❣️✨✨✨


この後、パラシオ・デ・モンセラーテに行こうとしたのですが、 

倒木で道が塞がり、大回りをしないといけないということで諦めました。🥲

といっても、この日はリスボンのホテルに着く頃には、23,000歩を超えていました。

坂道、石段の23,000歩ですから、倒木は神の思し召しなのでしょう。🙏


名所旧跡ばかりの記事でしたので、ちょっとオマケ。お家大好きのへでのトイレ図鑑。

1️⃣2️⃣3️⃣はお泊まりしたホテルの部屋のトイレです。

1️⃣3️⃣は2️⃣より星が一つ多かったせいか、ビデが設置していました。

4️⃣は観光地のトイレでしたが、掃除がとても行き届いていて感動しました。💮

5️⃣は、少し鄙びたところにあるレストランのトイレ。清潔感💯でした。

6️⃣は街中のおしゃれなレストランのトイレ。トイレもおしゃれでした。✨


へでの行った範囲ですが、ポルトガルのトイレは、日本と同じくらいの清潔さでした。

写真はありませんが、特急電車のトイレもコンパクトながらきれいでした。

あまり期待していなかったので、うれしい誤算でした。😉


長くなってしまいました。

最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございます。


ではまた。(^ν^)